種を蒔く

  • 2020.03.06 Friday
  • 15:23

 

 現代の御言葉が、神様からRAPTさんを通して与えられています。

ネット配信されていますので、誰でも求めれば読むことが出来ます。

神様は公明正大な方ですから、現代に生きる私達が求めれば得られるよう、インターネットを発展させてくださったのです。

 

 https://rapt-neo.com/?page_id=30947  

     

 私は、その御言葉から、新しい視点や自分の頭では到底考えられないような新しい考えをいただいています。

同じ御言葉を聞いても、見出す「悟り」は一人一人異なります。

また御言葉を聞き続けていると、再び同じ御言葉に出会った時、以前には気付けなかった新しい「悟り」を見出せることがあります。

時が来ると、目が開かれるそうです。

つまり御言葉は魂の成長を導いてくれる「神の言葉」なのです。

 

 言うまでもなく、目には見えませんが一人一人の肉体の中に、魂が入っています。

世の中のことばかりに気をとられていると、気づかないうちに魂のことを忘れ、流されて、自分の魂の目的から大きくかけ離れた生を生きてしまうことにもなりかねません。

 

 自分をかえりみて悔い改めるだけでも、自分の魂に立ち返ることが出来ますし、祈り求めれば、さらに自分の求めている幸せに向かって正しく歩むことが出来るようになれるのです。

 

 残念ながら世の中は、人間が神様と繋がれないように、あらゆるところに柵が張り巡らされています。人間が、快楽享楽を得ることに満足し、人生という大切な時間を浪費するように仕組まれているのです。なぜそのようになっているのでしょうか?

 

 聖書の創世記に、6000年前アダムとエバが蛇(悪魔)に騙されたと書かれています。

その蛇(悪魔)とは、「ルシファー」のことです。

大天使ルシエルは、神様に裁かれ天界を追われ、地上界に落とされました。

そして、ルシファー(悪魔)となり、神に成りすましこの世を牛耳ってきたのです。

美と芸術に優れたルシファーは、人間が神様に愛されていることを妬み、人間が神様と繋がれないように、様々な誘惑を作り出し、人間を騙し続けて来たのです。

人間が神様と繋がって愛を育むことを最も嫌い、あらゆる手を尽くし妨害してきたのです。

ルシファーには、光の天使を装うことなど朝飯前なのです。

偶像崇拝、拝金主義、ご利益信仰、スピリチュアル… そして映画やドラマ、マスメディアも、

人間を堕落へと導くものばかりだと思いませんか?

  

 これらのことも、RAPTブログと聖書に出逢い知ることが出来ました。

 https://rapt-neo.com/?p=37128

 

 真実が次々と暴かれるようになった今、私たちは、魂的な正しい生き方に目覚め、学んでいく必要があるのではないでしょうか?

聖書のたとえをご紹介させていただきます。

2000年も前のイエス様のお話です。

 

* * * * * * *

 

「種を蒔く人」のたとえ

 

マタイによる福音書 13章3節〜

イエスはたとえを用いて彼らに多くのことを語られた。

「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。

蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。

ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこには土が浅いのですぐ芽を出した。

しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。

ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。

ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった。

耳のある者は聞きなさい。

 

「種を蒔く人のたとえ」の説明

 

マタイによる福音書13章18節〜

 

「だから、種を蒔く人のたとえを聞きなさい。

だれでも御国の言葉を聞いて悟らなければ、悪い者が来て、心の中に蒔かれたものを奪い取る。

道端にまかれたものとは、こういう人である

石だらけの所にまかれたものとは、御言葉を聞いて、すぐ喜んで受け入れるが、自分には根がないので、しばらくは続いても、御言葉のために艱難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまう人である。

茨の中に蒔かれたものとは、御言葉を聞くが、世の思い煩いや富の誘惑が御言葉を覆いふさいで、実らない人である。

良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて悟る人であり、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍の実を結ぶのである。」

 

* * * * * * *

 

 「良い土地に蒔かれた者とは、御言葉を聞いて悟る人である」とは、御言葉を受け入れ実践して生きる人のことです。

このような人は、やがて豊かに実を結ぶと書かれているのです。

だから今日からでも、良い土地に自分を植え替えて生きれば、豊かに実を結ぶ生き方が出来ると考えられるのです。

 

 その人の魂の渇望する正しい動機や欲求が発動すると、自然と個性と才能を磨く行為へと自分を駆り立てます。

無理やり努力するのではなく、自然に(魂の目的の)完成を目指してひた走ることが出来るようになります。

この行いの中に入ると、誰もが感謝と活力にみなぎり、心からの幸せを感じられるようになります。

自分で目標を決めて、そのためのHowToを習って努力するのとは違い、自由で制限がありません。

やりたくない事を、お金の為にはしょうがないと思って無理やり努力するのとは、全く違うのです。

 

 私は、御言葉を聞いて受け入れるようになって、

神様の導きを感じながら、安堵感に包まれ、歩めるようになれました。

私の今までをご存じの方は、負け犬の遠吠えにしか聞こえないかもしれません。

現実は、まだまだ厳しい道のりで、解決できていない問題も抱えています。

けれど、同じ問題に向き合うにしても、心の状態が変わると、考え方が変わり、自分が最も成長する方法を選択出来るようになり、力強く乗り越えて行ける勇気が湧いてきます。

 

 悔い改めて祈り、神様の御言葉に従順に従って生きることは、想定外の艱難苦難に見舞われようとも柔軟に乗り越え、希望を持って生き抜くことが出来る唯一の方法だと思い、綴らせていただきました。

 

 今回も最後までお読みいただきまして、有難うございました。

 

 RAPTさんの啓示(御言葉)が、一人でも多くの人の心の鍵を開け、

心の天国へと導かれますことを心からお祈りいたします。

 

 

 

◇過去の投稿

雛祭りと永遠に価値あるもの

隠蔽されていたことが明かされる「時」 JAL123便によせて

姫に憧れる女性たち

 

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